当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は数学で最も古い未解決問題の一つ「ゴールドバッハ予想」について解説します。
8は3+5。20は3+17、あるいは7+13。100は3+97。こんな調子で、4以上の偶数はどれも「素数2つの足し算」で書けてしまいます。試しにいくつか偶数を選んで確かめてみてください。必ず見つかるはずです。では、「すべての偶数」で必ず見つかると言い切れるでしょうか。この、小学生に説明できて検算まで遊べる問いが、1742年から280年以上、世界中の数学者を退け続けています。
1742年、二人の数学者の文通から始まった
事の起こりは1742年6月、プロイセンの数学者クリスティアン・ゴールドバッハが、当代最高の数学者レオンハルト・オイラーに宛てた手紙です。ゴールドバッハは手紙の余白で、数についてのある観察を伝えました。オイラーはこれを整理し、返信の中で現在の形の予想に言い換えています。
4以上のすべての偶数は、2つの素数の和として表せる。
オイラーは返信で「完全に確実な定理とみなしているが、私には証明できない」という趣旨のことを書いています。あのオイラーが白旗を上げた問題は、その後も白旗の山を築き続けました。ヒルベルトが1900年に掲げた23の問題の第8問題に(リーマン予想とともに)含まれ、20世紀数学の総力戦を経てもなお、決着はついていません。
ちなみにゴールドバッハ自身は、歴史に残る大定理を持たない、どちらかと言えば愛好家肌の数学者でした。その人物の手紙の余白の観察が、オイラーをはじめ後世の大数学者たちを退け続ける難問として名を残す。数学の世界では、良い問いを立てること自体が偉大な仕事になり得るという好例だと思います。
数学の未解決問題としては最古参クラスで、しかも問題文の分かりやすさは全未解決問題の中でも随一です。この「誰でも参加できる見た目」が、後述する事件も呼び込むことになります。
400京まで調べて反例ゼロ
コンピュータ時代に入り、この予想は力ずくの検証にさらされました。現在までに、4×10の18乗(400京)までのすべての偶数について、素数2つの和で書けることが確認されています。反例はゼロです。
しかも、単に「書ける」だけではありません。偶数が大きくなるほど、素数2つの和で書く方法の数はどんどん増えていく傾向があります。たとえば100は6通り、1000は28通りの書き方があります。この表し方の個数をグラフにすると、彗星の尾のように広がる模様が現れ、「ゴールドバッハの彗星」と呼ばれています。大きい偶数ほど書き方が豊富になるのだから、書けない偶数が突然現れるとは考えにくい。確率的な見積もりでも、予想は「ほぼ間違いなく正しい」とされています。
この彗星の広がりは強烈で、10万クラスの偶数になると書き方は数百通りに達します。予想が破れるためには、何百通りもの候補が一つ残らず全滅するような偶数が、400京のさらに彼方に潜んでいなければなりません。数学者の大半が予想の正しさを疑わないのは、この圧倒的な余裕があるからです。それでも「余裕がある」と「例外がゼロ」は別の話、というのが数学の流儀です。
それでも数学は、この状況で「証明済み」とは言いません。400京の次の偶数で崩れる論理的可能性が、ゼロではないからです。当サイトの生存者バイアスの記事でも触れた通り、観察の積み上げと証明の間には、どれだけ観察を重ねても埋まらない溝があります。この溝の深さを教えてくれる教材として、私はこの予想が一番好きです。
「惜しい」結果は山ほどある
280年の挑戦は、無駄だったわけではありません。完全証明には届かないものの、「惜しい」結果が積み上がっています。代表的なものを並べます。
・3つの素数ならOK:「7以上のすべての奇数は3つの素数の和で表せる」という主張は「弱いゴールドバッハ予想」と呼ばれ、2013年にペルー出身の数学者ハラルド・ヘルフゴットが証明を発表しました。280年の歴史で最大の前進です ・素数+「ほぼ素数」ならOK:1973年、中国の陳景潤が「十分大きな偶数は、素数と『素数または素数2つの積』の和で表せる」ことを証明しました(陳の定理)。文化大革命の迫害下で成し遂げられた証明として、中国では国民的な逸話になっています ・大きい数ならほぼOK:1937年にヴィノグラードフが、十分大きな奇数について3素数の和で書けることを証明し、ヘルフゴットへの道を開きました
つまり現状は、「3つならできた。2つと少しまでは来た。あと一歩の『2つ』が越えられない」という状況です。ゴールは見えているのに最後の一歩が絶壁という構図は、未解決問題の中でも特に焦れったいものだと思います。
100万ドルの懸賞と「おじさんの予想」
2000年、この予想に思わぬ形で賞金がかかりました。出版社のフェイバー・アンド・フェイバーが、小説『ペトロス伯父とゴールドバッハの予想』の販売促進として、2年以内に予想を証明した人に100万ドルを支払うと発表したのです。小説は、この予想に人生を捧げた数学者の物語です。
結果は予想通りというべきか、期限内に証明は現れず、賞金は誰の手にも渡りませんでした。ただしこのキャンペーンには、世界中から膨大な数の「証明もどき」が寄せられたという後日談があります。問題文が誰にでも分かるがゆえに、証明の難しさまで簡単に見えてしまう。ゴールドバッハ予想は、数学の見た目と中身の落差を象徴する存在でもあります。
実際に小さな偶数をいくつか分解してみると、素数のペアは拍子抜けするほど簡単に見つかります。この「簡単に見つかるのに、必ず見つかるとは言えない」という感覚のギャップは、手を動かすとよく分かるので、私は休日の頭の体操として気に入っています。
400京の検証はどう進んだのか
400京という数字だけ聞くと気が遠くなりますが、検証の裏側には効率の良い手筋があります。各偶数nについて、小さい素数から順に「相手」を探すのです。まず3を試してn−3が素数かを判定し、だめなら5、7、11と続ける。実際にやってみると、ほとんどの偶数は最初の数個の素数で相手が見つかってしまいます。
検証プロジェクトの集計には、面白い事実が残っています。400京までのすべての偶数が、小さい方の素数として高々9,781という小ささの素数で分解できたのです。400京という巨大な世界の隅々まで、相手探しの手間は拍子抜けするほど軽い。この「見つかりやすさ」自体が、予想の正しさを支える有力な状況証拠になっています。
それでもなお証明にならないのは、この見つかりやすさがあくまで「平均的な傾向」だからです。傾向がどれだけ強くても、たった1個の例外の存在は排除できません。コラッツ予想の記事でも同じ構図が出てきますが、「ほぼ確実」と「確実」の間の溝こそが、未解決問題ジャンルの主戦場なのです。
奇数の場合と、検証の限界
奇数の場合はどうなるのですか?
奇数は2つの素数の和で書けるとは限りません。奇数を2つの数の和にすると片方は偶数になるため、その偶数側が素数(つまり2)である場合、すなわち「素数+2」の形の奇数しか書けないのです(たとえば11は書けません)。そこで奇数向けには「3つの素数の和」という弱い予想が立てられ、こちらは2013年に証明済みです。偶数の2素数版が証明されれば、奇数の3素数版は「偶数の場合+素数3」としてただちに従うという主従関係にあります。
なぜコンピュータで全部確かめられないのですか?
偶数は無限にあるからです。どれだけ計算しても「調べた範囲では正しい」としか言えず、無限のすべてをカバーするには論理による証明が必要です。ちなみに弱いゴールドバッハ予想の証明では、「ある巨大な数より大きい奇数は理論で証明し、それ以下はコンピュータで全数検証する」という理論と計算の合わせ技が使われました。全数検証が証明の一部として機能した好例で、コンピュータと数学の関係を考える上でも興味深い事件でした。
リーマン予想とはどちらが難しいのですか?
比較は専門家でも意見が分かれますが、「リーマン予想が解ければ素数の理解が根本から進み、ゴールドバッハ予想にも強力な道具がもたらされる」という関係性はよく語られます。実際、弱いゴールドバッハ予想の初期の証明は一般化リーマン予想を仮定した条件付きでした。素数の未解決問題たちは独立した謎ではなく、リーマン予想を親分とする一族のような繋がりを持っています。
関連する未解決問題・パズル
素数一族の親分「リーマン予想」、同じく素数のペアを追う「双子素数予想」、そして観察の積み上げでは証明にならない理由を扱った「ヘンペルのカラス」の記事です。
まとめ
本記事は「ゴールドバッハ予想」について解説しました。如何だったでしょうか。
手紙の余白の思いつきが280年の難問になり、400京個の証拠を積んでもなお「未解決」と呼ばれ続ける。この頑固さこそ、数学という学問の背骨だと思います。証拠がいくらあっても、証明だけが特別扱いされる世界が一つくらいあることは、推測と断定が入り混じる日常への良い解毒剤になるのではないでしょうか。
電卓一つで検証遊びに参加できる未解決問題は貴重です。お子さんへの数学の入り口としても、ゴールドバッハ予想は最高の素材だと思います。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:数学・科学の未解決問題(3/16)






